専門獣医師が解説するハムスターの腫瘍〔獣医師向け〕
目次
ハムスターは腫瘍ができやすい
ハムスターはペットとして非常に人気がありますが、一方で腫瘍の発生する確率が高い動物とも言われています。
どの種類のハムスターに多いの?
ドワーフハムスターは(腫瘤調査55検体中47件が腫瘍:85%)、ゴールデンハムスター(腫瘤調査58検体中30件が腫瘍:52%)よりも発生率が高いです〔Rother et al.2021〕。ただし、ペットで飼育されている大半の種類はゴールデンハムスターとジャンガリアンハムスターであるため、キャンベルハムスターやロボロフスキーハムスターは飼育頭数が少なく、単に比較したデータがとれていないことも考えられます。
性差はあるの?
雌雄での発生の相違はない〔Rother et al.2021〕、また、オスよりもメスの方が多発すると言う異なる意見があります〔Kondo et al.2008,Harkness et al.Van Hoosier et al.1979,Pour et al.1979〕。さらに腫瘍によっても性差があり、乳腺腫瘍はメスに、非定型線維腫はオスに好発します〔Kondo et al.2008〕。
腫瘍発生年齢は?
腫瘍発生の年齢は、ペットや実験動物において様々な報告があります。いずれにせよ、高齢になることで腫瘍発生率は高くなります。
ペット
●腫瘍発生平均はゴールデンハムスターでは12(2〜36)ヵ月齢、ドワーフハムスターは13(4〜36)ヵ月齢〔ジャンガリアンハムスターは12(4〜36)ヵ月齢〕〔Rother et al.2021〕
●19.8ヵ月齢〔Kondo et al.2008〕
実験動物
●12ヵ月齢未満での発生は低い〔Pour et al.1979〕
●12ヵ月齢以降に著しく増加する〔Kirkman et al.1968〕。
腫瘍の種類によっても発生年齢が異なります。乳腺腫瘍を含む外皮系腫瘍は若い個体で頻繁に報告されていますが、腎臓腫瘍は22ヵ月齢以上でのみ観察されています〔Pogosianz et al.1982,Kondo et al.2008〕。ジャンガリアンハムスターの良性の乳腺腫瘍は、悪性と比べて若い個体で発生します〔Yoshimura et al.2015〕。
どんな腫瘍があるの?
外皮系腫瘍(体表腫瘍)が最も多く、次いで造血系腫瘍で〔Rother et al.2021〕、内分泌系、生殖器系、消化器系は比較的発生頻度は低いです。ただし、体表に発生する外皮系腫瘍は発見しやすく、手術を受ける頻度が高いです。そのために調査されやすいことも外皮系腫瘍が最多発する理由かもしれません〔Rother et al.2021〕。
ジャンガリアンハムスターは外皮系腫瘍(乳腺腫瘍、非定型線維腫、乳頭腫)が多く、ゴールデンハムスターは造血器腫瘍(形質細胞腫、リンパ腫)が好発します〔Kondo et al.2008〕。
外皮系腫瘍
腫瘍発生率が最も高い外皮系腫瘍は、ドワーフハムスターの腫瘤の85%(55件の腫瘤中で47件)、シリアハムスターでは52%(58の腫瘤中で30件)を占め、間葉系よりも大半が上皮性で、良性腫瘍が多いことも特徴です〔Rother et al.2021〕。
臭腺腫(皮脂腺腫)
発生は稀ですが、オスのドワーフハムスターの腹部臭腺に腺腫(皮脂腺腫)〔Rother et al.2021〕が発生します。臭腺はオスで発達するため、当然オスに好発します〔Van Hoosier et al.1979〕。
悪性の腺癌の発生は稀です。
皮脂腺腫
皮脂腺上皮の良性腫瘍で、皮脂の分泌物が貯留し、皮膚を透かして内容物が蜂の巣状に見えます。全身のあらゆる箇所に発生します。
乳腺腫瘍
乳腺腫瘍は胸部および腹側腹部の皮下腫瘍として発生します。 ゴールデンハムスターよりも、圧倒的にドワーフハムスターで見られ〔Rother et al.2021〕、メスに多発します〔Kondo et al.2008〕。腺癌、腺腫、線維腺腫などと診断され〔Rother et al.2021〕、一部では、乳腺腫瘍は主に良性であると報告されていますが〔Kamino et al.2001,Toft et al.1992〕、別の研究では、悪性が非常に多いとも言われています〔Yoshimura et al.2015〕。
乳頭腫
いわゆる疣贅(イボ)で、皮膚や粘膜に発生し、ウイルス(パピローマウイルス)が原因なることがあります。
ピパピローマウイルスの中にゴールデンハムスター(Mesocricetus auratus)の口腔内に腫瘍をつくるパピローマウイルス(Mesocricetus auratus papillomavirus Type1:MaPV 1)が知られていますが〔Ambrose et al.1975〕、ジャンガリアンハムスター(Phodopus sungorus)の肛門性器に腫瘍を発生させるパピローマウイルス(Phodopus sungorus Papillomavirus Type1:PsPV1)も発見され〔Kocjan B2014〕、MaPV1と密接に関連していそうです〔Iwasaki et al.1997〕。PsPV1はジャンガリアンハムスターだけでなく、Phodopus属であるキャンベルハムスターやロボロフスキーハムスターにも発生します〔Domjanič et al.2021〕。
扁平上皮癌
顔と四肢に好発する扁平上皮細胞の悪性腫瘍で〔Kamino et al.2001,Valentine et al.2012〕、初期は紅斑を帯びて軽度に膨らむ程度なため腫瘍には見えません。
次第に増殖し、顔に発生した巨大な腫瘍によって醜い外貌になることもあります。転移は稀ですが、局所浸潤が強く、骨融解が起こります。
毛包上皮腫
毛包上皮腫は毛包に分化する細胞の良性腫瘍で、耳道に発生することが多いです。
しかし、ゴールデンハムスターにおいて、全身に多発する場合はハムスターポリオーマウイルス(HaPV)が原因になることこあります〔Strandberg 1987〕。しかし、HaPVは主に実験動物間で発生します。
黒色腫
黒色を帯びた悪性腫瘍で、ハムスターでの発生は稀です〔Van Hoosier et al.1979〕。
表:ハムスターに発生する体表腫瘍
発生 | 腫瘍名 |
上皮細胞 | 乳頭腫 |
扁平上皮癌 | |
毛包 |
毛包上皮腫 |
毛芽腫 | |
毛包腫 | |
毛母腫 | |
悪性基底細胞癌 | |
皮脂腺 | 皮脂腺腫 |
皮脂腺上皮腫 | |
皮脂腺癌 | |
アポクリン腺 | 線維腺腫 |
腺腫 | |
腺癌 | |
癌腫 | |
その他 | 基底細胞腫 |
間葉系 |
線維腫 |
線維肉腫 | |
粘液肉腫 | |
骨肉腫 | |
肉腫 | |
血管肉腫 | |
非典型線維腫 | |
線維性組織球腫 | |
メラノサイト | 黒色腫 |
間葉系腫瘍
間葉系細胞とは幹細胞である中胚葉由来の組織で、骨や軟骨、血管、心筋細胞に分化できる能力をもつ細胞です。特にハムスターでは肉腫の発生がよく見られます〔Rother et al.2021〕。
線維肉腫
全身の組織にある線維芽細胞の悪性腫瘍で、あらゆる体表に発生する可能性のあります。腫瘍細胞が骨、骨格筋、および皮下組織に浸潤し、硬い腫瘍になります。特に肩や前肢にかけての発生が多く、骨融解を起こしやすいです〔Kondo et al.2008〕。
粘液肉腫
粘液肉腫は線維芽細胞に由来した悪性腫瘍で、ムチンで構成される粘液状のマトリックスを産生します。この腫瘍はどの部位でも発生する可能性があり、ハムスターでは、頬袋や体幹(特に頸周囲)に発生します。
腫瘍は大量の粘稠な液体が含まれているため、柔らかいことが特徴です〔Cagnini et al.2011〕。頬袋に発生すると頬袋脱が起こることがあります。
骨肉腫
肘や膝関節に好発し、関節が腫脹する悪性腫瘍です。なお、ハムスターでは人の骨肉腫の実験動物として使われており、高率で肺転移を起こすことが有名です〔福島ら 1988〕。
非典型線維腫
神経節細胞に類似する細胞と膠原線維の増生を特徴とする線維腫様腫瘍です。人の増殖性筋膜炎に出現する細胞と類似していることが指摘されています〔藤原 1998〕。主にオスのジャンガリアンハムスターで報告され、アンドロゲン依存性腫瘍であるため、メスの発生は稀です〔Baba et al.2003〕また、その発生部位の多くが胸腹部で、組織学所見からこの腫瘍を非典型線維腫(Atypical fibroma)と呼ばれています〔Baba et al.2003〕。
この腫瘍はジャンガリアンハムスターの腹側皮膚において多く認められる神経節細胞様(Ganglion cell-like: GL)細胞由来とされ、GL細胞は加齢に伴い発達し、その大きさを拡大します。GL細胞はアンドロゲン依存性の性質を有し、膠原線維の産生能をもつと考えられていますが、その存在意義や役割、そして非典型線維腫の発生機序なども不明です。したがって、高齢のジャンガリアンハムスターのオスに多発しますが、基本的に良生腫瘍です。
近年、ロボロフスキーハムスターにおいて、非典型線維腫の発生とGL細胞の存在が報告され〔Johnson et al.2014〕、GL細胞の存在は種特異的なものではなく、ジャンガリアンハムスターを含む Phodopus属に共通して存在するものと考えられています。一部で悪性の非定型線維肉腫の報告もありますが、稀です〔Kondo et al.2011〕。
造血系腫瘍
造血腫瘍は主にゴールデンハムスターに発生し、比較的若い個体でも見られます。33%は生後6ヵ月齢以下での発生という報告もあります〔Rother et al.2021〕。
リンパ腫
リンパ腫は悪性腫瘍で、ゴールデンハムスターに多発します〔1989,1982〕。リンパ腫の多くは顎下リンパ節の発生で、次いで腸間膜リンパ節、まれに球後や精巣で発生します〔Rother et al.2021〕。
リンパ腫のタイプによっては、末梢リンパ節以外に、皮膚、肝臓、脾臓、消化管などの内臓にも波及します〔Toft 1992,Simmons et al.2001〕。ゴールデンハムスターのリンパ腫ではウイルスによる発生も知られ、ハムスターポリオーマウイルス(HaPV)によって引き起こされます〔Barthold et al.2016〕。リンパ腫はB細胞由来が多いとされています〔Coggin et al.1983〕。なお、ドワーフハムスターでのリンパ腫の発生は稀です。また、ゴールデンハムスターの皮膚型リンパ腫が有名で、多くはT細胞由来の上皮向性リンパ腫と診断されます〔Harvey et al.1992〕。
腫瘍発生のハムスターポリオ―マウイルス ハムスターポリオーマウイルス(Hamster polyomavirus: HaPV/Mesocricetus auratus polyomavirus Type1:MaPV)は実験動物のゴールデンハムスターに腫瘍を発生させる感染力の高いウイルスです〔Ambrose et al.1975,5Coggin, et al.1981,Graffi et al.1969〕。HaPVは未分化のケラチノサイトとリンパの両方に感染する能力を備え、感染することで毛包上皮腫あるいはリンパ腫が発生します〔Graffi et al.1969,Joe et al.2001〕。特に若い個体に感染すると、腸間膜で増殖し、肝臓、腎臓、胸腺に転移する多中心性方リンパ腫を容易に誘発します〔Percy et al.1993,Ponder et al.1981〕。HaPVは感染したハムスターからの尿による環境汚染によって蔓延すると考えられています〔Percy et al1993〕。実験感染では感染ハムスターから新生児に接種すると、リンパ腫と白血化を誘発し、腫瘍の発生率は30-80%と高く、潜伏期間は4-8週間と短かかった報告もあります〔
〕。なお、これまで実験動物のコロニーでの発生でしたが、2001年にペットのゴールデンハムスターにMaPVによる精巣上体の多中心性リンパ腫の発生が報告されました〔Simmons et al.2001〕。
形質細胞腫
ハムスターは髄外形質細胞腫が下顎腺に発生し、主にゴールデンハムスターに見られます。頸部腹側の腫瘍して発見され、顎下リンパ節のリンパ腫と誤診されがちです〔Munday et al.2005,Kondo et al.2008〕。
肥満細胞腫
肥満細胞腫瘍の多くが皮膚腫瘍として発生されます〔Rother et al.2021〕。ジャンガリアンハムスターは犬猫よりも発生率がわずかに高い報告もあり、腫瘍は頭頸部に好発します〔Nishizumi et al.2021〕。
ゴールデンハムスターは全身に多発性に発生することが多いです。
予後判定のためのグレード分類は、ハムスターでは確立されていませんが、ジャンガリアンハムスター〔Nishizumi et al.2021〕、ゴールデンハムスター〔Eltahir M. Mohamed et. al.2016〕で、犬の分類に準ずると転移の可能性が低い高分化型および成熟細胞と報告されています。
胸腺腫
胸腺腫は良性腫瘍で、ハムスターでの発生は稀です。一部でゴールデンハムスターでの報告がある位です〔Rother et al.2021〕。
生殖器系腫瘍
メスの卵巣や子宮に腫瘍が多発します。大半は陰部からの悪露や出血性分泌物で発見され、超音波検査で下腹部の腫瘍が発見されます。
卵巣腫瘍
卵巣腫瘍の中でも、顆粒膜細胞腫〔Golbar et al.2011,Sato et al.2004〕が最も診断されます。卵巣腫瘍は子宮腫瘍をはじめとする子宮疾患と併発していることが多いです。
子宮腫瘍
陰部からの悪露や出血性分泌物で発見され、超音波検査で下腹部の腫瘍が発見されます
乳頭腫〔Rother et al.2021〕、内膜のポリープ〔Rother et al.2021〕、腺癌〔Rother et al.2021,Kondo et al.2008,〕、平滑筋腫〔Kondo et al.2008,〕、平滑筋肉腫〔Rother et al.2021,Kondo et al.2007〕、子宮間膜の扁平上皮癌〔Rother et al.2021〕などと診断されます。
内分泌系腫瘍
副腎、甲状腺、下垂体に腫瘍が発生します。甲状腺以外の内分泌腺は生前診断は難しく、摘出も容易でないため、死後の剖検で発見されるものが多いです。
副腎腫瘍
ハムスターでは副腎皮質腺腫ならびに過形成が好発し〔Brown et al.2012〕、その他、副腎皮質腺癌〔Bauck et al.1984〕、褐色細胞腫〔Kondo et al.2008〕などの報告もあります。副腎腫瘍はオスの方が好発すると言われています〔Kamino et al.2001〕。副腎腫瘍により副腎皮質ホルモンの過剰分泌が起こると、副腎皮質機能亢進症が見られます。
甲状腺腫瘍
ハムスターの甲状腺腫瘍は癌腫と診断されることが大半です〔Quimby et al.1982,Tanaka et al.1991〕。腹側頸部と頭蓋胸部に発生する腫瘍として、頸部が腫大して発見されます〔Rother et al.2021〕。発生は加齢とともに増加し〔Tanaka et al.1991〕、腺両葉が腫瘍化を示し、肺などに転移することは稀です〔Quimby et al.1982〕。
下垂体腫瘍
発生は稀です。ゴールデンハムスターの下垂体の腺腫の報告があります〔Bauck et al.1984,Rother et al.2021〕。
消化器系腫瘍
頬袋腫瘍
頬袋に線維肉腫〔Bennett 2012〕と粘液肉腫〔Friedell et al.1960,Bennett 2012〕が発生し、頬~頸部にかけて腫大したり、あるいは頬袋脱が起こることもあります〔Rother et al.2021〕。
唾液腺腫瘍
頬が腫大して発見されますが、唾液腺膿瘍が多発し、稀ですが病理検査で悪性の腺癌と診断された報告があります〔Rother et al.2021〕。
その他内臓腫瘍
ハムスターの原発性の内臓腫瘍の発生は多いとは言えませんが、剖検で偶発的に発見されます。生前診断では腹部膨満のハムスターが超音波検査において、肝臓や腎臓の腫瘍化することで発見されます。
肝臓腫瘍
肝臓癌、肝臓および脾臓の血管腫〔Kirkman et al.1968〕の報告があります。
腎臓腫瘍
腺癌および腎芽腫〔Kirkman et al.1968〕報告があります。
手術した方が長生きするのか?
手術後の生存期間は0日から672日以上という報告もあり、一概に言えません。外皮系腫瘍のあーハムスターの生存期間の中央値は350日で、生殖器系では120日でした。つまり、体表の腫瘍と腹腔内腫瘍の摘出手術でも異なり、同じ腫瘍の2頭の摘出手術においても、1頭は30日生存し、もう1頭は術後168日でもまだ生きていました〔Fortner et al.1960〕。手術の決定要因は、腫瘍の種類と進行具合、ハムスターの年齢および体力、そして獣医師の手術スキルになります。麻酔や手術のリスクとは、麻酔から覚醒せずに死亡すること以外に、術後に体力がなくなって衰弱することなども含まれています。
腫瘍の種類と進行具合
悪性腫瘍ならびに転移が確認されているハムスターは、体表の良性腫瘍の摘出手術と比べると、麻酔からの覚醒が悪く、死亡する確率が高いです。また、腫瘍がハムスター自信の頭部よりも大きいと手術時間も長くなり、麻酔や手術のリスクが高くなります。
ハムスターの年齢と体力
ハムスターの寿命は約2年です。1.5歳以上は高齢扱いになりますので、麻酔や手術は1 .5歳以下ならば推奨できます。高齢のハムスターならば、飼い主にもリスクを理解した上で行わないといけません。例え腫瘍が摘出できても、ハムスターが衰弱して死亡したら、手術が成功とは言えません。
獣医師のスキル
獣医師によって手術のスキルが異なります。他にも麻酔に耐えらえる体力がハムスターにあるのか、すでに腫瘍の転移があると麻酔で死にやすくなります。”短時間で麻酔を終わらす” ”麻酔に耐えられるのか” ”転移しているのか”総合的に手術を決断する必要があります。その上で手術のスキルを提供し、腫瘍摘出を成功させます。
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