専門獣医師が解説するげっ歯類の食糞
糞を食べること
食糞(しょくふん)(Coprophagy)とは、動物が自分自身または他の動物の糞を食べることで、その目的は動物種によって様々です。
どんな動物がするの?
食糞する動物で一番に有名なのがウサギで、植物が繊維質(セルロースなど)は消化管の消化酵素では消化が困難であり、繊維質の未消化残渣などの成分を盲腸で発酵し、この発酵で得られたエネルギー(VFA)や栄養素の塊として特殊な糞(盲腸便)を作り、それを食糞します。ウサギの盲腸便は粘膜に包まれた柔らかい糞の塊で、直接肛門に口をつけて摂取します。盲腸便にはアミノ酸、ビタミンBが豊富に含まれていることが分かっています。
ウサギ以外にも、キツネザル〔Charles-Dominique et al.1971〕、スナネズミ〔Flurer et al.1988〕、馬〔J. entwickelten Schurg〕、ラット〔Kennedy 1927〕、マウス〔Takahashi et al.1982〕、ハムスター〔Shichijo et al.2013〕、モルモット〔後腸発酵動物)、多くが小型から100 kg未満の中型の草食動物になります。これらの動物は盲腸で発酵を行い、食糞をします。しかし、盲腸で発酵するという同じシステムを持ちながら、フクロモモンガなどは食糞をしません。また、馬はウサギと異なり、子馬のみ食糞をし、親と同じに腸内細菌叢を整えます。コアラも子のみが食糞しますが、腸内細菌と栄養を豊富に含んでいるピュレ状のパップ(Pap)と呼ばれるものを口にします。
〕、チンチラ〔Holtenius et al.1985〕、デグー〔 〕、スナネズミ〔 Schwentker 1968〕、ビーバー〔Ingles 1961〕、トガリネズミ〔 Loxton et al.1975〕などげっ歯類を含めて多種の哺乳類で見られます。基本的に食糞する動物は植物を発酵する盲腸を後ろの腸に備える動物に見られ(食糞をよくする種類とあまりしない種類がいる
身近な動物では、ウサギ、モルモット、 チンチラの食糞は旺盛ですが、 ハタネズミでは極めて少なく, ラット、 マウス、 ハムスターはその中間位です。夜行性の動物が多いためか、昼間に食糞をすることが多いと思われます。これはエサが摂取できない時間帯に食糞をすることで、消化管への継続的な摂取が可能になり、腸の蠕動を維持する目的もあると言われています。食糞の研究は昔からウサギとラットで行われてきましたが、まだまだ分かっていないことが多いです。
表:各動物の食糞〔Ebino 1993〕
動物種 | 食糞数/日/頭 | 明時間に食糞する割合(%) | ||
回数 | 頭数 | |||
マウス(IVCS strain) | オス | 1.0±0.4 | 10 | 100 |
メス | 3.3±0.5 | 20 | 100 | |
ラット(Wister strain) | 4.5±0.6 | 5 | 51 | |
ゴールデンハムスター | 21±8 | 5 | 61 | |
チャイニーズハムスター | 20±10 | 5 | 68 | |
ヨーロッパハタネズミ | 4.3±0.9 | 5 | 82 | |
モルモット(Hartley strain) | オス | 165±20 | 5 | 83 |
メス | 197±12 | 5 | 67 | |
チンチラ | 201±11 | 4 | 93 | |
ウサギ(ジャパニーズホワイト) | オス | 72±15 | 5 | 60 |
メス | 58±14 | 5 | 58 |
各動物の食糞
マウス
マウスは上半身を肛門に向けて曲げて座位で食糞します 。ラットの食糞する糞は、通常の硬い糞と比べて、やや水分を含んで柔らかいです。食糞の糞を摂取する方法は、実験動物のマウスにおいては系統によって異なる報告があります。IVCSマウス(IVCS strain)は、口で肛門から直接糞便を採取した後、前肢で糞便を保持してから摂取します。 ウィスターラット(Wister strain)は幼若体ではIVCSマウスと同じ方法ですが、成体になるとケージの床に落ちた糞を摂取する傾向があります〔Takahashi et al.1982〕。
マウスの食性は雑食動物の中でも比較的草食に近く、 種子には含まれていない造血に関与するビタミンB12を腸内細菌から合成するとを目的として食糞を行っていると考えられています。食糞行動は、エサのビタミンB12含量とマウスの栄養状態等によって影響を受けて、栄養要求の高い時期では食糞の頻度と量は多くなりますが、老化など栄養要求量が低い時は減ってきます。近年の栄養バランスの 取れたペレットが出てきたため、食糞の必要性はなくなると思われます。なお、 食糞をしなくても、ストレスなどの大きな影響は認められませんが、腸内細菌数の減少が示唆されるため、食糞によって腸内細菌叢が維持されている可能性があります。 食糞は栄養が整ったエサを給餌されていても発現し、離乳したての幼体においても認められることから、本能的行動です〔Ebino 1993〕。
ラット
ラットの食糞の糞は通常の糞便よりもアミノ酸、ナトリウムとカリウム、ビタミンB12が高く〔祐森ら2006〕、上半身を肛門に向けて曲げて座位で食糞します。ラットでは栄養不足がある場合に食糞の頻度が増加すると言われていますが〔Nováková et al.1989〕、食糞の目的もマウスと同じです。特徴として、食糞行動は離乳直後は頻繁に見られますが、成長するにつれて回数が減少することです。具体的には生後約25日齢に頻度が増加した後、急激に低下し、自然離乳の時期と一致して完全に停止しました〔Ebino 1993〕。食糞行動の1日当たりの平均回数は、3-4週齢で最も多く、16.4回でしたが、25週齢では平均3.2回まで減少します〔池田ら1991〕。なお、離乳時間が延長された栄養不良の個体では食糞は長引き、早期に離乳した個体(16日齢)には見られませんでした〔Ebino 1993〕
ハムスター
ハムスターは上半身を肛門に向けて曲げ、座位で食糞をしますが、ウサギやモルモットと比べて頻度が少ない理由は、ミズハタネズミと同様に前胃が牛のルーメン(第1胃)のように発酵が常に行われ、さらに比較的大きな盲腸も備えていることです〔Arai et al.1983,Hornicke 1981〕。この胃前および盲腸の発酵に対して食糞の影響があることは間違いないのですが〔Shichijo et al.2013〕、具体的なことは分かっていません。
モルモットとチンチラ
モルモットやチンチラは食糞の頻度は高く、両動物とも同じ目的で行われているようです〔 〕。食糞する糞はウサギのようなブドウの房状でなく他のげっ歯類と同じに一個づずの軟便です。栄養素の利用に食糞が重要とされています〔 〕。
デグー
デグーは薄明薄暮の生活をしていますが、1日の糞便生産の約38%が食糞され、この食糞の87%は夜に行われます〔
〕。参考文献
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■Takahashi KW,Saito TR,Suzuki W,Katsuyama M,Sakuma S,Tauchi K et al.Studies on coprophagy in the mouse.Zool.Mag92.397-401.1983
■祐森誠司, 黒澤 亮, 池田 周平, 栗原 良雄.ラットの食糞行動と栄養素摂取の関係.ビタミン80巻(9).2006
■池田周平、裕森誠司、伊藤澄麿.ラットの成長に伴う食糞行動回数の変化.日本家畜管理学会誌34(3).71-75.1999